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「正しい」科学の境界線

大変興味があります。

擬似科学のまじめな話。実は知らないことばっかりでした。


擬似科学と「正しい」科学の境界線
20世紀初頭の哲学界において、何が擬似科学で何が「正しい」科学であるかの境界線を巡る議論があった。これを境界設定問題という。この問題について詳細な探求を行った代表的なグループがウィーン学団である。ウィーン学団は、論理実証主義を用いて既存の科学を検証した。その結果、「あらゆる理論の中には、必ず未実証の部分が含まれている」ため、存在する全ての科学は「最終的には疑似科学と区別ができない」という結論に達した。

故に、現代の自然科学では、少なくとも人間によって合理性が認められる理論を「今のところ正しい(正しい可能性が高い)」と仮定し、それ以外の理論を「正しくない(正しい可能性が低い)」とする考え方が一般化した。(→仮説)

但し、定理や原理といった一般に広く真実とされている事柄を前提条件とし、その理論が扱う問題の範囲を限定することで理論の「正しさ」を保証することは可能である(但し、前提の正しさを疑う場合は、その限りではない)。もっとも、宗教上の理由や学会の意向、その他の政治的な理由で「正しさ」が決定されることも現実には少なくない。

反証不可能性
ここでいう反証不可能性とは、科学哲学者カール・ポパーが科学の基本条件として挙げた「反証可能性 (falsifiability)」の反意語である。通常の科学理論では、もしそれが間違っているならば、そのことを示す証拠が見つかるはずである。科学は、「仮説?実証」の両輪で進められる(→科学的方法参照)。すなわち、「反証」事実がでてくれば、元の理論を修正するのが科学の営為であり、「反証できること」がいかに科学にとって大事であるかをポパーの言葉は示している。これに反して、疑似科学は反証ができない、もしくはできない構造にしている。

例えば、相対性理論から導かれる有名な結論として、「いかなる質量も真空中の光速を超えて運動することはない」というものがある。そのため、ある物体を超光速まで加速してみせること、あるいは加速した結果を示すことができれば相対性理論は否定される。これが反証可能性であり、これによって相対性理論は科学理論であるといえる。

これに対し、例えば降霊会を開いて霊を呼び出す実験が失敗したとする。科学の方法に於いてはこの失敗によって、少なくとも今回用いた方法(条件)によって霊を呼び出せるという仮説が否定されたと考える。ところが、一部の心霊学者はこれを「霊の実在を疑う者がいたための失敗」等と考える。このような主張(考え方)を認めると、いかなる事実が示されようとも此の方法で霊を呼び出せるという仮説を否定することはできない。即ち、反証不可能なのである。


引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2008年03月10日 17:35に投稿されたエントリーのページです。

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